宮澤長平(Chohei Miyazawa)

生没年
1932年〜2004年
出身
日本
設計会社
東急グリーンシステム
所属
日本ゴルフコース設計者協会(副理事長を務める)
代表作
東急セブンハンドレッドクラブ/ファイブハンドレッドクラブ/Anyang Country Club(韓国)

宮澤長平(Chohei Miyazawa、宮沢長平とも表記)は、1932年に生まれ2004年に亡くなった日本のゴルフ場設計者です。日本ゴルフコース設計者協会の会員名簿によれば、生没年は1932年から2004年。ゴルフとの関わりは設計からではなく、コースの管理から始まりました。東急の二代目総帥である五島昇が東京都内に9ホールの砧ゴルフ場を開いた1955年ごろに東急へ入社し、同コースのグリーンキーパーを務めたのが出発点だとされています。

設計の仕事を初めて手がけたのは1971年で、スリーハンドレッドクラブのベースとなる設計を五島昇が担当し、宮澤がグリーンまわりの設計を受け持ちました。日本を代表する設計家である井上誠一とも交流があり、その設計思想と仕事への姿勢を受け継いだ人物として知られます。井上の代表作である日光カンツリー倶楽部は、宮澤を「井上氏の助手であり、その設計思想の一番の承継者といわれた」と紹介しており、2005年には宮澤の遺品として全18ホール分の図面が同倶楽部へ寄贈されました。のちに日本ゴルフコース設計者協会の副理事長も務めています。

東急の社員だったことから、東急セブンハンドレッドクラブ、勝浦東急ゴルフコース、小見川東急ゴルフクラブ、蓼科東急ゴルフコース、阿蘇東急ゴルフクラブ、大分東急ゴルフクラブなど、東急系のコースを数多く担当しました。1977年には五島昇から富士山麓の新しいコースの開発を託され、これがのちのファイブハンドレッドクラブになります。同クラブの記録によれば、宮澤はこのコースに「初級者から上級者までそれぞれの力量に応じて楽しめること」「プロの競技を開ける選手権コースであること」「コースとしての品格と美しさを備えていること」という3つの条件を掲げました。もともと園芸の出身で、芝の品種の試験を続け、コースの各所に見本の若木を植えて生育の記録を取っていたといいます。東急グリーンシステムで薫陶を受けた設計者の杉本昌治は、宮澤が昼は現場に立ち、夜は深くまで打ち合わせ、朝5時にはまた図面に向かうという働き方をしていたと振り返っており、「ゴルフ場は50年経ってから評価される」という言葉を最も大切にしていたと伝えています。

海外の仕事は、1987年12月に開場したグアムのスターツグアムゴルフリゾートが最初でした。その後、韓国の Anyang Country Club、タイの The Royal Golf and Country Club(1993年)、インドネシアのダゴのコースなど、東アジアから東南アジアにかけて設計を手がけています。

GoGolf に掲載しているコースでは、タイとインドネシアの2コースを手がけており、どちらも GoGolf で予約できます。バンコク近郊・サムットプラーカン県の The Royal Golf and Country Club は1993年の開場で、18ホール・パー72、全長7,231ヤード。平坦なフェアウェイに多くの池が絡み、速いグリーンが難しさを加えるチャンピオンコースです。インドネシアの Dago Heritage 1917 Golf Course は、1917年にオランダ統治時代の9ホールとして始まったインドネシア最古級のコースで、1994年に18ホールへ拡張された際の新しいレイアウトを宮澤が設計しました。バンドン北部の標高950〜1,065メートルの斜面に広がるパー70のコースで、前半は谷へ下り、後半はクラブハウスへ向かって上がっていく構成です。

GoGolfで予約できる宮澤設計のコース

  • The Royal Golf and Country Club(タイ・バンコク近郊)— 1993年開場、パー72・7,231ヤード、水が絡む平坦な選手権コース
  • Dago Heritage 1917 Golf Course(インドネシア・バンドン)— 1917年開場の古豪、1994年の18ホール化を宮澤が設計。標高950〜1,065メートル、パー70

当日のティータイムと料金は、各コースのページ、または GoGolf のアプリで確認できます。

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