
- 生没年
- 1876年5月7日〜1942年5月19日
- 出身
- アメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィア
- 愛称
- ティリー(Tillie)
- 選手実績
- 全米アマチュア選手権 ベスト32(4回)/世界ゴルフ殿堂(2015年)
- 設計コース
- 265以上
A・W・ティリングハスト(A. W. Tillinghast)は、1876年5月7日にアメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれたゴルフ場設計者です。本名はアルバート・ウォーレン・ティリングハスト(Albert Warren Tillinghast)で、「ティリー」の愛称で呼ばれました。オールド・トム・モリスからゴルフの手ほどきを受け、セントアンドリュースに傾倒していた人物です。アマチュア選手としては全米アマチュア選手権で1903年・1904年・1906年・1908年にベスト32に進み、1903年の全米オープンでは25位タイに入っています。
最初に手がけたのは、ペンシルベニア州 Shawnee-on-Delaware の Shawnee Country Club です。1909年にコースを造り始め、1911年に開場しました。その後に関わったコースは265を超えます。代表作は、1922年6月に開場したニュージャージー州の Baltusrol Golf Club の Upper と Lower の2コース、1923年に開場したニューヨーク州の Winged Foot Golf Club の West と East の2コースです。このほか San Francisco Golf Club、Quaker Ridge Golf Club、Somerset Hills Country Club なども彼の設計で、ティリングハストのコースで開かれたメジャー選手権は50を数えます。
設計のかたわら、ゴルフ雑誌 The American Golfer や Golf Illustrated に寄稿し、Golf Illustrated では一時期編集者も務めました。全米プロゴルフ協会(PGA of America)の創設時からの会員でもあります。大恐慌で新しい設計の依頼が途絶えた1935年からは、PGA of America の顧問設計者として全米を回り、会員制・パブリックを問わず既存コースの改善を助言しました。1936年に開場したニューヨーク州の公営コース Bethpage Black にも、助言という形で関わったとされます。1942年5月19日、オハイオ州トレドで亡くなりました。
没後しばらく名前が忘れられていましたが、1974年にフランク・ハニガンが記事「Golf’s Forgotten Genius」で取り上げ、同じ年の USGA の選手権のうち4つが彼の設計したコースで開かれたことをきっかけに、改めて注目されるようになりました。2015年には世界ゴルフ殿堂の生涯功労部門に選ばれ、ゴルフ場設計者として6人目の殿堂入りとなりました。現在 GoGolf では、ティリングハストが設計したコースは紹介していません。
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