サム・スニード(Sam Snead)

サム・スニード(1967年)
生没年
1912年5月27日〜2002年5月23日
出身
アメリカ・バージニア州アッシュウッド
愛称
The Slammer、Slammin’ Sammy
選手実績
メジャー7勝/PGAツアー82勝(タイガー・ウッズと並ぶ最多記録)/世界ゴルフ殿堂(1974年)
設計コース
Slammer & Squire(ジーン・サラゼン、ボビー・ウィードと共同、1998年)

サム・スニード(Sam Snead)は、1912年5月27日にアメリカ・バージニア州アッシュウッドで生まれたプロゴルファーで、ゴルフ場設計者です。本名はサミュエル・ジャクソン・スニード(Samuel Jackson Snead)。7歳のときに地元ホットスプリングスのリゾート The Homestead でキャディを始め、17歳でそのアシスタントプロになりました。1934年にプロへ転向し、1936年から PGA ツアーに参戦しています。メジャーはマスターズを1949年・1952年・1954年、全米プロを1942年・1949年・1951年、全英オープンを1946年にセントアンドリュースで制して計7勝。全米オープンだけは2位が4回あるものの優勝できませんでした。PGA ツアーの82勝はタイガー・ウッズと並ぶ最多記録です。

1965年には52歳10か月で Greater Greensboro Open に勝ち、PGA ツアーの最年長優勝記録をつくりました。この大会の優勝は8回目で、同じ大会での最多優勝記録でもあります。年間の平均スコアが最も良い選手に贈られるバードン・トロフィーを4回受け、1949年には PGA の年間最優秀選手に選ばれました。ライダーカップにはアメリカ代表として7回出場し、1951年と1959年は選手兼主将を務めています。愛称は「スラマー」「スラミン・サミー」。飛距離の出るドライバーショットと、多くの選手が手本にしたスイングで知られました。1944年からはウェストバージニア州の The Greenbrier のプロを務め、生涯を通じて故郷ホットスプリングスとのつながりを保ちました。

ゴルフ場設計では、フロリダ州セントオーガスティンの World Golf Village にある Slammer & Squire(1998年開場)に名を連ねています。クラブの公式サイトによると、このコースは設計家ボビー・ウィードと、スニード(愛称「スラマー」)、ジーン・サラゼン(愛称「スクワイア」)の3人が手がけたもので、コース名は2人の愛称からとられています。同じ World Golf Village のもう一つのコース King & Bear は、アーノルド・パーマージャック・ニクラスの共同設計です。

アジアとの縁では、1957年に日本・埼玉県川越市の Kasumigaseki Country Club で開かれたカナダカップ(現在のワールドカップ)にアメリカ代表として出場しています。1974年に世界ゴルフ殿堂入りし、晩年はマスターズの名誉スターターも務めました。2002年5月23日にバージニア州ホットスプリングスで亡くなりました。現在 GoGolf では、サム・スニードが設計したコースは紹介していません。

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