- 生年月日
- 1925年12月29日(ピート・ダイ)
- 没年月日
- 2020年1月9日(ピート・ダイ)
- 出身
- アメリカ・オハイオ州アーバナ
- 顕彰
- 世界ゴルフ殿堂(2008年・生涯功労部門)
- 設計会社
- Dye Designs(ペリー・ダイが1984年に設立)
ピート・ダイ(Pete Dye)は、1925年12月29日にアメリカ・オハイオ州アーバナで生まれたゴルフ場設計者です。本名はポール・ダイ・ジュニア(Paul Dye Jr.)。保険の仕事で成功を収めたのち、30代半ばでコース設計に転じました。妻のアリス・ダイ(Alice Dye)も優れた競技ゴルファーで、生涯を通じて設計の共同作業者でした。1963年にスコットランドのコースを見て回った経験が作風に大きく影響したとされ、以後およそ200を超えるコースを世界に残しています。2020年1月9日、ドミニカ共和国ラ・ロマーナで94歳で亡くなりました。
ダイの設計は、小さなグリーン、深いバンカー、そして枕木(レイルロード・タイ)でバンカーやティーの土留めをつくる手法で知られます。最も有名なのは、フロリダの TPC Sawgrass Stadium Course にある17番パー3の島グリーンで、1982年からプレーヤーズ選手権の舞台になり、「世界でいちばん怖いティーショット」と呼ばれるようになりました。ほかにもサウスカロライナ州の Harbour Town Golf Links(1969年、ジャック・ニクラスとの共同設計)、インディアナ州の Crooked Stick、サウスカロライナ州の Kiawah Island Ocean Course、ドミニカ共和国の Casa de Campo など、アメリカを代表するトーナメント会場を数多く手がけました。2003年にオールド・トム・モリス賞、2005年に PGA ツアーの生涯功労賞を受け、2008年には世界ゴルフ殿堂に生涯功労部門で迎えられています。
長男のペリー・ダイ(Perry Dye)は、父ピートと母アリスのもとで12歳から設計と建設の現場を学びました。インディアナ州の Crooked Stick やオハイオ州コロンバスの The Golf Club が最初の現場で、大学時代にはオクラホマ州の Oak Tree や Casa de Campo の建設にも加わっています。1971年に初めて共同設計者としてクレジットされ、1984年に自身の会社 Dye Designs を設立しました。1986年からは海外に活動を広げ、まず日本で20コース以上に関わり、韓国では15コースを単独設計者として手がけています。生涯の作品は15か国以上で80コースを超えました。ペリーは自らの仕事を「父の設計を世界へ持っていくこと。手本にすべき設計家が一人だけいた」と語っています。2021年7月8日、アメリカ・コロラド州デンバーで68歳で亡くなりました。
GoGolf に掲載しているコースでは、東南アジアの2コースがダイ父子の設計です。マレーシア・ジョホール州の Poresia Golf Country Club は1990年に開場した36ホールの施設で、父子が4つの9ホールすべてを設計し、そのうち Orchid と Hibiscus の造成は二人が現場で直接監督したと紹介されています。その後2013年に27ホールへ縮小され、2020年ごろに Senibong Golf Club と改称して18ホールに再構成されました。タイの Subhapruek Golf Club は1993年造成で、クラブの公式サイトによると、ピート・ダイが設計した当時は Bangna Country Club という名前でした。水田と湿地の広がる平坦な土地を造成したコースで、ほぼすべてのホールに水が絡みます。
GoGolfで予約できるダイ設計のコース
- Subhapruek Golf Club(タイ・サムットプラーカン県)— 1993年造成。旧 Bangna Country Club。ピート・ダイとペリー・ダイの設計
情報ページのみ掲載しているコース
次の1コースは、現在 GoGolf では予約を受け付けていません。コースの情報のみ掲載しています。
- Poresia Golf Country Club(マレーシア・ジョホール州)— 1990年開場。ダイ父子が4つの9ホールを設計。のちに規模を縮小し Senibong Golf Club と改称
当日のティータイムと料金は、各コースのページ、または GoGolf のアプリで確認できます。
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