ウィリー・パーク・ジュニア(Willie Park Jr.)

ウィリー・パーク・ジュニア(1917年ごろ)
生没年
1864年2月4日〜1925年5月22日
出身
スコットランド・マッセルバラ
選手実績
全英オープン2勝(1887年・1889年)
設計コース
約170コース(イギリス、ヨーロッパ、アメリカ、カナダ)
世界ゴルフ殿堂
2013年

ウィリー・パーク・ジュニア(Willie Park Jr.)は、1864年2月4日にスコットランドのマッセルバラで生まれたプロゴルファーで、ゴルフ場設計者です。父のウィリー・パーク・シニアは、1860年の第1回全英オープンを含めて全英オープンを4回制したゴルファーです。息子のジュニアも16歳で全英オープンに出場するようになり、1887年に Prestwick で、1889年には地元マッセルバラで、アンドルー・カーコルディとの36ホールのプレーオフを5打差で制して、2度の優勝を果たしました。パッティングの名手として知られ、1896年に出した『The Game of Golf』は、プロゴルファーが書いた最初のゴルフの本とされています。1920年には『The Art of Putting』も著しました。

設計者としては、イギリス国内とヨーロッパ、アメリカ、カナダで約170のコースを手がけたとされます。代表作は、イングランド・バークシャー州の Sunningdale Golf Club の Old Course で、1901年に開場しました。海辺ではない内陸のヒースランドに造られたコースの成功例として知られ、同じ1901年に開場したロンドンの西にある Huntercombe Golf Club とともに、イギリスの内陸コースの設計水準を引き上げたと評価されています。

活動はヨーロッパ大陸と北アメリカにも広がり、オーストリア、ベルギー、フランスでもコースを設計しました。アメリカではシカゴ近郊の Olympia Fields Country Club の North Course(1923年開場)やニューヨーク州ロングアイランドの Maidstone Golf Club、カナダではトロントの Weston Golf and Country Club などを手がけています。Olympia Fields の North Course は、全米オープンを2回開催したコースです。1925年5月22日にエディンバラで亡くなり、2013年に世界ゴルフ殿堂入りしました。

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